Thursday, October 4, 2018

20180915「抗議文」への感想.pdf



20180915「抗議文」への感想.pdf

「関釜裁判を支援する会」会員より 文書「映画『허스토리』(ハーストーリー)の製作者に抗議する!」を読んでの感想文 「関釜裁判」は 1992 年、韓国の女性たち 10 人が日本政府に謝罪と賠償を求めて起こした裁判 で、原告は3人が日本軍「慰安婦」、7人が女子勤労挺身隊の被害者でした。下関地裁で原告の 訴えを一部認める判決が出るも、広島高裁で覆され、最高裁で敗訴しました。 ごく短い期間ですが、私はこの裁判の支援活動に関わったことがあり、現在私が韓国に深い関心 を寄せるのはこの時の体験がもとになっています。10 人の原告との出会いが、その後の私の人 生を変えたのです。 この関釜裁判が「허스터리(ハーストーリー)」というタイトルで、韓国で映画化されました。 残念ながら私はまだ見ることができていませんが、実際に見た関係者によると「荒唐無稽といっ てもいい内容」とのことで、失望を禁じ得ません。一言の取材もないまま勝手に実名で登場させ られている関係者もおり(ご本人とは似ても似つかぬキャラクターとのこと)、戸惑いも感じて います。 また、この映画では「慰安婦」被害者の原告のみが取り上げられ、挺身隊被害者の原告は登場し ないようです。何故なのでしょう。もし、監督が挺身隊の被害より「慰安婦」の方が深刻で重大 であると考えて、「慰安婦」被害者のみクローズアップしたのだとすれば、それは誤りです。ど ちらの被害がより重い、軽いと単純化できる話ではありません。 挺身隊被害者は性暴力は受けていません。しかし、戦後も重度の不眠症や原因のわからない身体 の不調に苦しみ、PTSDと思われる症状を抱えている原告が何人もいました。「慰安婦」と混 同され、韓国社会の蔑視にさらされてきた人たちもいます。誰にも言えない思いを長年抱え、苦 しんできたのは「慰安婦」も挺身隊も同じなのです。 そのような原告たちの証言を聞くのは、辛いことでもありました。しかし、辛い、悲しいだけの 支援活動ではなかったから、私は現在も韓国に関わる活動を続けているのです。私は原告たちに よって初めて生の韓国語を聞き、その言葉の美しい響きにひかれました。私は原告のおばあさん たちが好きで、会うのが楽しみでした。私だけでなく支援者は皆、原告たちと会うのを楽しみに していたし、原告たちもまた、裁判で来日するのを楽しみにしていたと聞いています。そのよう にして、原告と支援者の間には徐々に信頼関係が築かれていきました。そしてその信頼関係なく して、裁判を最高裁まで戦うことはできませんでした。しかし、この映画にはそこがほとんど描 かれていないようです。 商業映画ですから、多少の脚色が入るのはやむを得ないと思います。監督の主観も入るでしょう。 しかし、関釜裁判の名前を出し、実話をもとにしたとうたうのなら、最低限守らなければならな い線があるのではないでしょうか。 この映画を通して「関釜裁判」の名前が広がっていくことに、かつての支援者の一人として深い 憂慮を覚えます。(A・H)

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